ベートーヴェン、交響曲第2番

1802年に完成した曲で、作品番号は36。

1802年といえば、ハイリゲンシュタットの遺書が書かれた年であるが、この曲にはそのようば影響は感じられない。 まだ明るさがあり、若いエネルギーがある。 田園的な風景を想起させるようなメロディと力強い迫力のある音が交互に現れる。 すでに難聴に悩まされていて、保養のために訪れた地でこの曲を作曲したそう。 難聴をなんとしてでも克服しようという強い意志、克服すれば明るい未来が待っているという希望、そんな感情が感じられる。

ベートーヴェンの交響曲第2番。第1楽章に全てが詰まっている。第1楽章だけ聞いたらお腹いっぱいだ。第4楽章までの一連のストーリーを楽しみたい人にとっては第2番は物足りないかもしれない。

第1楽章。最初と最後が素晴らしい。冒頭の2つの和音。第5番「運命」の冒頭と似たような力強い動機。最後は、華やかなクライマックス。まるで太陽が射し込んでくるように、明るく金管楽器が入ってくる。クライマックスは何度でも聞くことができる。最後の2分を聞くだけで朗らかな気持ちになれる。楽章の中では、いろんな楽器が交互に呼応するように演奏し合い、明るい牧歌的な部分があったり、たまに急に短調になり力強い動機がもたらされたりする。 おそらく、全体として緻密な設計がなされているのだろう。聴くだけでその精巧さを感じることができる。まるで、緻密に設計がなされて伏線がはりめぐらせれている小説を読んでいるかのよう。調べると楽器の使用方法の観点や作曲技法の観点からの指摘や賞賛が多い。 自分はまだそこまでわからない。そこまで、理解することができない。第1楽章の美しさの中に、何が隠されているのか、どんな構造が隠されているのか、自分はまだ見つけることができない。でも、明らかにそこに存在する、圧倒的な構造美を感じる。いつか必ず、その美を体に染み込ませたい。ベートーヴェンの感覚を体で、そして、頭で感じてみたい。

第2楽章。緩徐楽章。穏やかな楽章。素朴な感じでゆったり聴ける曲。でも、きれいなだけではない。信念を感じる。

第3楽章。ユーモアのある楽章。聞いている人を楽しませるような楽曲。それまでの常識では第3楽章はメヌエットであった。しかし、ベートーヴェンはスケルツォと名付けた。スケルツォは、イタリア語で「冗談」という意味。うん、たしかにメヌエットよりスケルツォの方がしっくりくる。これがきっかけで、以後のクラシック音楽において、スケルツォが頻繁に用いられるようになっていった。

第4楽章。こちらも、可愛らしくて、面白い主題。第4楽章としては少し物足りなく感じる。あまりにもベートーヴェンの他の交響曲の第4楽章が豪華すぎる。しょうがない。

この曲、1803年の初演では奇を衒いすぎていると評価されたそう。当時はそれだけ革命的な音楽だったのだろう。 たしかにモーツァルトやハイドンの交響曲と比較すると、だいぶ趣が変わっている。 モーツァルトのエッセンスを感じる部分もあるが、ベートーヴェンの音楽性が大いに感じられる。

ベートーヴェンの交響曲といえば、第3番の「英雄」がヒット曲。第2番はさほど有名ではない。 だがしかし、第2番の存在価値は大きい。 第1楽章には、第9番「合唱」を彷彿とさせるパッセージ、第2楽章には第6番の「田園」を想起させるメロディ。 ベートーヴェンの音楽性は十分に発現してきている。 ベートーヴェンの若いエネルギー、明るい希望、そんな感情が最大限に表現されている。

ベートーヴェンの交響曲第2番。 聞いていて朗らかになる曲。 誇らしくなれる曲。 生きる楽しさを噛み締められる曲。 最高だ。

そして、この交響曲のピアノ三重奏のバージョンがあるそう。 是非、聴いてみたい。

By @Hidemaro in
Tags : #日記,