海辺のカフカ

はじめて、村上春樹の小説を読んで、なにか見えるようなものがあった気がしたので、僕が感じ取ったものを記してみる

「世界は万物のメタファー」

本を通して何度も出てくる言葉

世界は多重な構造でできていて、いろんな点で表裏の関係でできている

ここで僕は、便宜的に、表の世界と裏の世界と呼ぶことにする

小説では、少年がいま生きている世界(表の世界)から抜け出し、もうひとつの世界(裏の世界)へ行く そして、その世界からほんとうの世界へ戻ってくる

おそらくこの小説を、もっともざっくばらんとした言い方で言うなら、こうなると思う

表の世界と裏の世界では、すべてが対照になっている

  1. 時間について

もうひとつの世界では、時間という概念がない

したがって、記憶もない

自分という人物が、過去とはまったく結びついていない

  1. 抽象的な思考について

うらの世界では、ものごとに意味はない

メタファーも存在しない

物事の意味は、捉えるようなものではなく、自然としてそこにあるだけである

個人としての自分が生きる意味みたいなものはない

考える必要性もない


表の世界と裏側の世界には、入り口がある

入り口が空いているとき、そのふたつの世界を行き来することができる

ナカタさんは、子供のころに裏側の世界に行ってしまった

それ以降、表側の人間には戻れず、裏側の世界の人間として表の世界で生きてきた

ナカタさんは、裏の世界の人間なので、抽象的な概念や時間の概念を持ち合わせていない

記憶みたいなものは、持ち合わせていず、ものごとの意味を考えることができない

裏側の世界には文字が存在しないため、文字を読むこともできない(文字は抽象的な思考をするための道具だ)

ナカタさんは、欲を持たず(正確には欲が生まれずといったほうが正しいかもしれない)、嫉妬心を持たない

あくまで、自然的な流れの中で生きている

お腹が空いたらご飯をたべ、眠くなったら眠り、ぼーっとしたいときにはぼーっとする

これがいわゆる裏の世界での生き方

一方、少年は正真正銘の表の世界の人

しかし、育ってきた環境の影響で、表の世界の価値や意味を理解できていない

父親の呪いをひたすら感じ続け、ほんものの世界での生に必要性を感じていない

それを探るために、家出をする

少年は、森に入り、この世界の流れ、自然の流れに耳を済ませる

世界に体をなじませる

佐伯さんの生霊と対話を行う

少年はだんだん、もう一つの世界へ行けるようになる裏の世界の存在を認識する

そして、森の深いところへ行くようやく裏の世界に到達する

佐伯さんから、表の世界で生きる使命のようなものを受け取る

そして、表の世界として生きていくことを決意する

そのときには、表の世界の意味を体として感じることができる

それはメタファーとして感じることであって、言葉にすると意味を失うとも捉えている

世界と自分を感じることができる

自分のやるべきことが見える

少年は、本当の世界で歩み始める

ナカタさんと佐伯さんは、裏の世界で生きるべき存在

それが間違って、表の世界で生きることになってしまった

それらを調節するために、入り口は開けられる

ナカタさんは、表の世界での生活を終え、裏の世界へもどる

佐伯さんも、裏側の世界で生きていく

それを終え、入り口は塞がれる

それぞれの人物が、あるべき場所に行く

世界は正しく調節される

ジョニーウォーカーは、入り口が開いている内に、表の世界と裏の世界をつなげて、その世界を支配しよう とする

笛を作ることで、世界の支配者になろうとする

しかし、ホシノさんにつぶされる

小説の中で、僕がとびきり興味深いと感じたのが、生霊や闇といった無意識の世界、霊的な世界への言及

元来、人が意識や心と呼んでいるものは闇の中にある

昔、電気がなかった時代は、暗闇がたくさんあった

そこで自然と人は、闇に体をなじませることができた

自分の心と意識と向き合うことができた

現代では、闇と体をなじませる時間が減った

自分の闇との向き合い方がわからなくなってしまった

自分の潜在意識について認識することができなくなってしまった

そのような描写がとても興味深かったし、それはまったくもって僕自身が感じているものと同一なことのよ うに感じた


村上春樹は、心と、闇と、潜在意識と、自然と、運命と、向き合って生きていくことの必要性を感じているのだと思う

そこに対して目を向けることの重要性について感じているのだと思う

自分の感性がどう感じるか

もちろん、それはそのときの欲や感情に従って悠々自適に生きれば良いという意味ではないと思う

人は生きるためには、ご飯を食べる必要があるすると、生計を立てていく必要もある

仕事をしないということは、生きることを放棄することだ

村上春樹は決して生きることを放棄しろと訴えているわけではないと思う

それを村上春樹は海辺のカフカを通して表現した

少年を通して表現した

少年は、この表の世界で生きることを放棄しようとしていた

この世界の縁まで行き、裏の世界までのぞくことで、ようやく世界の中での自分が理解できるようになった

村上春樹は、この少年を通して、自分がこの表の世界で生きることの意義について、表現したのではないか

それはおそらく、自己暗示的に、村上春樹が自分自身に向けて語るように執筆したのではないだろうか

そんな風にに、読んでいて感じた

生きていく上で、自然の流れ、感性の流れを感じること

そこで感じるものに対して、向き合うこと

それが、のびのびと気持ちよく生きていくために必要なことの一つな気がする

By @Hidemaro in
Tags : #小説, #村上春樹,